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【Prologue】
 発端。
 序章。
 終わりまで繋がる物語の始まり。

【epilogue】
 結末。
 終章。
 始まりから繋がる物語の終わり。

【約束】
 取り決め。
 決まっている運命。宿命。
 始まりと終わり繋げる契約。



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【■■■logue】

――――暗がりに、火が灯った。

「――――――――」

 パタン――、と乾いた音をたて、深紅の表紙が閉じられる。
 その本の表紙には、著者名はおろか、題字の記載すらない。ただ、縁を金色の枠線がはしっているだけで、その他の装飾もない。
 小さなランプの明かりに照らされた書影には、白い少女の指先が添えられた。
 指は優しく本の縁を撫でる様になぞる。
 少女はじっと、その表紙だけを眺めて時を過ごす。
 どのくらいの間か。

「随分と古いもののようだ――――」

 鎖された部屋の中、少女の後ろに一人の老爺がやってきて、声をかける。
 穏やかな口調に、少しかすれた、深く、柔らかな声。
 その声に、少女はようやく、背後に近づいた存在に気付き、
「………………いつから居たのかしら。黙って覗いているなんて、――――あまり、関心しないわね」
 しかし、その存在に振り返る事も無く。
 虚ろな瞳で手元の表紙に視線を落としたまま。
 表紙の上では、ランプの火がつくった影が、ゆったりと揺れている。
「無断で人の庭に穴をあけたのはそちらだろうに…………」
「知らないわ。少なくとも私はね。――――きっと祖父が生前につなげたのでしょう。そんなの、私に関係ないし――――」
 それに、と少女は続ける。
「――――少女の秘め事を覗くのは、ちょっと、悪趣味だと…………思うのだけれど」
 徐々に弱まる語気。
 それは、少女にはばかる理由がないからだが。
 少女の気持ではなく、ここは一般常識的に、ダメなものはダメなのだ。
 そんな、少女の曖昧で我儘な思考など、老爺の知ったころとではなく、
「だいたい、ワシを糾弾するなら、今の自らの行いを顧みることよな」
 振り返るまでも無く。
 少女はその老爺が意地の悪そうな笑みを浮かべていることを想像する。
 すべてを見透かした老爺の言葉。
 云われるまでも無くわかっている。
 咎められる理由も分からなくはないが――――
「いいのよ、私は――――」
 微笑むように。
 言葉を選ぶ、空白の後。

「――――乙女に想われて、嫌な思いをする男の子はいないのよ」

 自分勝手だと、そんなことは十分理解している。
 そもそも、あのすべてが私たちの我儘で繋がれていたのだから。
 振り返っての後悔は無い。
 結末も、その意味すら、理解したいとも思わない。
 勿論、彼がどう思っていようとも、関係ない。
「ハッハッハ――――違いない。それで? 一体どんな想いを巡らせたのかな? 悪戯好きのお嬢サン」
 老爺のその問いに意味は無い。
 老爺自身答えを求めていない。
 例え適当な嘘で答えても、老爺は満足げに笑うだろう。
 君がそれでいいならと、嫌な笑みで。
 咎めようとしてもいないから、糾弾もしない。
 もし、咎める者があるのなら、それは少女自身に他ならない。
 
 だから―――
 少女は白状するように。
「なんてことないわ。――――ほんの少し、人に会いたくなっただけよ」
 言葉に呼応するように。
 一瞬だけ赤い表紙に文字が浮かんで、再び沈むように消えていく。
 何かの物語か。
『Comet』
 少女が空想したらしい表題がその名のごとく僅かの間、確かに刻まれた。
 少女の答えに、老爺はなるほど、なんて満足げに笑みをつくって。
「――――素敵な出会いはあったかな?」
 再びの老爺の問いに、少女はようやく視線を本の表紙から剥がして、老爺の方へと視線を移す。
 夜を鎖したような双眸が老人を見据えている。
 その瞳に、僅かな瞬き。
 空想した物語と同じ、夢見がちな希望の光。

「――――なんてことない。ただの飛べない魔法使いの御伽噺よ――――」

 そうして。
 二度と会えない”魔法”の名を口にした。



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