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/03 言葉





 漆黒の流星が地におりた。
 坂の上の小さな広場。
 小さなガラクタと瓦礫が積みあがり、命/動力の残滓が猟奇的な染みをつくった情景。
 夜闇の中に、星光の下に、無残に散った感情無き魂が咆哮する。
 
 ――ガチゴチ、グシグム
 
 四肢を動かすたび、それらはそんな奇怪な音を上げる。
 不自由そうな、ぎこちのない駆動音。
 大小、形状すらも揃っていない多数の魔導人形(オートマタ)。
 単一の命令だけを与えられた、簡易で高価な自動人形。――もっとも、これほどまでに醜い駆動では買い手などつかない、ガラクタ同然であるが。
 それでも、数が集まり、同一の目的に動くのであれば、それなりの脅威である。
 しかし、地におりた黒衣の少女は、敵意すらないそれらに対して目もくれず、ただ足元を冷たい視線で見下ろしながら、
「なんて下品なオノマトペ――――」
 とても不機嫌に呟いた。
 アリスの呟きを聞いてか、

 ――ガナガシ、ガゴドム

 貌の無い人形たちは、一斉に抗議の叫びをあげる。
 耳障りな、四肢の音。共鳴しあい、周囲を包むように音を鳴らす。
「こんな出来損ないでも、命/役目が与えられるなんて――――、勿体ないにも程があるわ」
 冷ややかなその声に、いよいよ我慢できなくなったその内一体。
 両腕のパーツはそれぞれ通一般的な聖人男性の者と比べて、5倍ほどの大きさで、それに比べ、頭は目と思しき小さな穴が中心に開いているだけの簡素なつくりで、大きさはソフトボールほど。身体全体のパーツの比率はお世辞にもいいものとは言えない。
 言われてみれば、確かに、気の短そうな也をしている。
 肥大した両腕で、地面をかく様に突進するその人形。
 直前まで助走をつけ、アリスに向かって飛び跳ねる。
 腕を広げ、アリスを今にも押し潰さんと。
 ――しかし。
 強引に大気を押し千切り跳ねた人形の勢いは、いよいよアリスに触れるその寸前、動きを止めた。
 その瞬間は、あの奇怪な悲鳴すら上がらない。
 ただ、時を止めた様に宙で静止する人形と、未だ足元に昏い瞳を落とした少女があるだけ。
 静寂は一瞬。
 葉からしずくが落ちる程の時が流れ、再び奇怪なざわめきが静けさを飲み込み広がる。
 しかし、静止した世界が動き始めても、少女に迫った奇形の人形が再び動き始めることは無い。
 まるで、石膏となって動きを止められたか、絵画の中に閉じ込められたかのよう。
 ようやく。
 足元ばかり見ていた少女が目を上げる。
 月の亡い、星降る夜。
 少女の周囲には有象無象の魔導人形(オートマタ)。
「――――私、急いでるの。……道を開けてくれないかしら」
 人形たちが壁を作ったその後ろに、櫂田家の門が見える。
 それ自体は鎖されているように見えるが、隣の壁には大きな穴が開いていて、そこから火の気が上がっている。
 人形の壁のせいで、アリスはその様子を詳しく知ることが出来ないが、しかし、人形たちはそこから屋敷の中になだれ込むようなことは無く、わらわらと、その穴を前にして、群がっているだけの様に見えた。
 その群れに向け、アリスは言葉をかける。
「どいてくれないのなら……仕方ないわね」
 そもそも、あの人形たちがアリスの言葉を理解しているのかすら怪しいものだが、それらは、アリスの言葉に呼応するように再び音を上げる。
 もし人形たちがアリスの言葉を理解できていたとして。
 彼らの叫びは、耳障りな雑音と変わりない。
 それは、言葉という高度な情報伝達に至らぬ、拙い表現。その、表現ですら、ままならぬものであるのだから―――
「―――ごめんなさい。……私、虫の言葉は理解(わか)らないの」
 夜を宿した黒い瞳。
 冷ややかな視線。
 薄らと、口元に笑みがある。
 すべては小さな呟きから。
 少女の魔術をもって、今在る世界は侵食される――――
 




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